野犬センター

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子供っぽい女に男は何故ヨワイのか?

竹内久美子「男と女の進化論」 より


みつはしちかこさんのマンガには、ほとんど幼児のような女の子とヒョロッと背の高いハンサムボーイが登場する。これは日本の女の子にとっての一つの理想像であるようだ。一応恋人どうしであるわけだが、自分はちっちゃな妹、相手は何でも聞き入れてくれるやさしいお兄さんといった役どころである。なぜ女が背の高い男を好むかということには、それなりの深い意味があった。ならば、女が子どもっぽくありたいと願うこと、あるいは男が子どもっぽい女に惹かれてしまうことにはどういう意味があるのだろう。
 そもそも人間は、男より女の方が子どもっぽい性質を多くもっている。たとえば、毛深くない、声が高い、丸みを帯びた体形をしている、肌がきめ細やかで頭髪がしなやか、それによく泣く、等々である。アイドル歌手は、こういう特性を大いにアピールする「超正常個体」というわけだが、同じ年頃の女の子たちにしてみれば、ウソっぽくて気持ちの悪い存在である。ただ、アイドル歌手ならずとも、女は時としてつい甘えた調子の甲高い声を出し、うんと子どもっぽくふるまってしまうことがある。それは、気に入られたいと思う男の前でとか、誰かに何かをお願いするときとかである。特に後者の場合、若い女の子とオジサマの組合せなら、お願い事はほぼ問違いなくかなえられる。
 どうして男は女の子どもっぽさにこうヨワイのだろう。毎度同じ手口を使われながら、よくぞひっかかるものだと感心してしまう。それは、チンパンジーのオスが、発情したメスの赤く膨れ上がった性皮にすっかり参ってしまうことや、ミドリヒョウモンというチョウのオスが、円筒を縦半分は黒、残り半分はオレンジに塗り分け、くるくると回転させただけで、メスが羽ばたいているものと思い込み、熱烈に求愛するといった気の毒な話と大差ないようにも思える。人間の男も、かつて何かの拍子に子どもっぽい女を好むようになったのだろう。そのことには何か大変なメリットがあり、その遺伝的性質は連綿として受け継がれてきた。もちろん、それは女を子どもっぽく進化させただけでなく、男の方にも影響を及ぼした。かくして人間はすっかり幼形化したサルになった・・・・と思うのである。
 実際、十九世紀末から二十世紀にかけて活躍した、ハヴロック・エリスやルイス・ボルクなどは、人間は類人猿の成獣には似ていないが、赤ん坊や胎児にはよく似ていると気づいていた。なるほど、チンパンジーの赤ん坊などは、頭には毛があっても体にはほとんどないし、口もあまり前に突き出していない。実に人間っぽいのである。そして今では、人間の成立にはネオテニー(幼形成熟、つまり、子どもっぽい性質を保ちながら性的に成熟すること)がかなりの役割を果たしたのではないかと言われている。
 
私が最近つくづく思うのは、人間は類人猿の子ども時代をずるずると引き伸ばし、なかなか大人になろうとしない、モラトリアムエイプ(エイプは類人猿)だということだ。モラトリアム人間という言葉があるけれど、人間は元々モラトリアムなのである。そして、どうやら、人間と類人猿との違いの多くはこのネオテニーに起因しており、類人猿で発現している「年を取らせる」遺伝子が人間ではかなり抑制を受けているということらしい。
 しかし、それにしてもである。私は、女が男の稼ぎをはかる目安として骨の長さ(なぜなら、彼の狩りによる食物獲得能力と栄養状態は骨の長さに鋭敏に反映される)を採用し、そのため背の高い男を好むようになったのだと推理したわけだが、男が子どもっぽい女を好むことにも、それに類した何か深い意味があるように思える。ただ、この問題はなかなか難問である。やはり、人間と類人猿とを比較してみるしかないだろう。私は女のシワについて言いたい放題言わせてもらったとき、類人猿代表のチンパンジーと人間とで次のような対比を試みた。
 チンパンジーのメスには発情周期があり、彼女たちは数十日単位でモテたりモテなかったりという浮沈をほぼ一生にわたり繰り返す。また、よほどの老体にならない限り出産し続ける。そのため、若いからといってチヤホヤされたりはしない。むしろ、出産や育児に熟達した中年メスの方がモテるのである。ところが、人間の女はいわば発情しっぱなしであり、いつでも男を惹きつけることができる。その代わり、若い頃と年をとってからでは著しい運命の落差がある。閉経が起こるに及んで生殖活動からの引退を余儀なくされる。人間では何らかの原因でこのシステムが定着したらしい――。
 なぜ、こんなにも違うのだろう。たとえば、人間と類人猿とで生活様式が大きく異なるからだろうか。人間は定住をするが、彼らは毎晩毎晩樹上にベッドを作り、ねぐらを変えては移動していく。すると、毎日引っ越す彼らには、まだひとり歩きのできない子どもは大きな荷物というわけである。荷物は最小限に留めるのがよい。そのためなのだろう。類人猿では子が大人たちの遊動のペースについていける四、五歳になるまでは次の子は生まれてこない。類人猿の授乳期間がたいてい四年くらいで、子が乳を吸い乳腺を頻繁に刺激している限り、排卵が抑制され、発情もしないのである。
 そこで、はたと気がつくのは、人間の女はこんなにものんびりとした出産スケジュールを組んでいないということだ。遊動生活をする類人猿では、メスは「産んでは育て」を繰り返し、かなり高齢になってからも出産する。ところが、定住生活をする人間では、女は若い時に何度かの出産をあわただしく済ませ、子どもをてんてこまいで育て上げ、やがては現役引退を表明する・・・・・・。
 なるほど、そうなってくると、男としてはどういう女を選ぶことが得策だろう。あるいは、どういう女に惹かれてしまう男がより多くの子孫を残してきたとえるだろうか。男は若い女を選んだ方が有利に決まっている! だからこそ、男は若い女が大好きなのである。
 しかし、ここで我々は若い女だけが選ばれ、多少年増になってしまった女は浮かばれないと考えてしまっては早計である。若い女の数には限りがあるのだ。それに、そもそも戸籍も学校制度もなく、第一カレンダーすらなかった時代に、ある人間が本当に若いかどうかなんて、本人以外にどこまでわかるのだろう。その場合、当の人物の外見だけが手がかりなのである。
 有利となるのは若い女ではない。若く見える女なのだ。愚かなことに、男は若く見せかけることがうまい女を選びはじめた。声が高かったり、丸みを帯びた体形をしていたり、すぐ泣いてしまうような女をである。やがて、そういう女からは年より若く見える息子も娘も生まれてきた。そしてまた男はより若く見える女を選び・・・・・・という過程が繰り返された。このようにして、人間はどんどん幼形化が進んだというわけである。上体の反り気味の男が骨が長いと女に錯覚させていた一方で、実は女も男を騙し続けていたというわけだ(注:ここまでの話は大部分は私の仮説であることをお忘れなく。なぜ人間がネオテニー的になったのかについては、実のところ全く決着がついていないのである)。
 ところで、人間はネオテニー的になって何か得をしただろうか。子供っぽいということは、ひ弱で頼りなく、保護を必要とすることでもあり、まったく困ったことである。実際、心の問題となると、人間にはネオテニーゆえの大人げなさがやたら目につく。聞き分けがないこと、わがまま、強情、泣き虫、さみしがり屋・・・・。ネオテニーは人間の初期の頃にはそれなりの意義をもっていたのだろうが、今となってはあまり有難いものではなくなっている。クジャクのオスは、メスの気を惹こうと尾羽根に贅の限りを尽くし続けたが、そのため今では飛ぶのにも支障をきたすほどになった。オスがメスを、あるいはメスがオスを一定の好みで選び続けていくと、時々こうやって取り返しのつかないことにもなるのである。人間もクジャクの轍を踏みつつあるのだろうか。
 ただ人間の持つネオテニー的性質の中には、一つだけ良いといえることがある。それは好奇心旺盛ということだ。人間が大海を航海するのも、宇宙ヘロケットを飛ばすのも、地層を掘り返しては自分たちの祖先について詮索するのも、あるいは私がこのように人間の進化についてヘリクツをこねるのも、すべてこの性質によっている。
 分別のある大人になることは、一方ではこれらの楽しみを放棄することではないだろうか。だからこそ私は各方面に迷惑をかけつつも、永遠に子どもでいられたらと願ってしまうのだ。


| 生活について | 23:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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